土浦武器学校訪問記  2003/2/28 up

 〜予科錬 雄翔園・雄翔館〜

 

  BUKI_ETC01S.JPG - 14,757BYTES 『雄翔園』   BUKI_ETC03S.JPG - 14,972BYTES

 武器学校の右奥には全体を日本列島に見立てた庭園『雄翔園』があります。 のどかな木漏れ日の中、所々に小さなプレートが立っており、よく見ると「富士山」などと書き込んであります。 全体は円形なのですが、なかなか広く、見て回るとなるほどと思う庭園です。 個人的にはこんな所で弁当など広げゆっくりしていきたいような雰囲気ですが、ここでそれはちょっとまずいですね。 しかし良く手入れされており、とても心地の良い所です。

  BUKI_ETC02S.JPG - 19,576BYTES  予科錬訓練生石像

 さて、その奥には石像と記念碑などがありました。 ここは予科錬ゆかりの地でもあり、それにちなんだものです。 数メートルもある大きな石像には大量の献花が捧げられており、訪れていた他の見学者もしばし見入っていました。 石碑のひとつは予科錬の歌、「若鷲の歌」のものです。  ※←のページへのリンクはちょっと表示が重いです。

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 そのままぐるっと戻ってくると、神風特別攻撃隊として散って逝った隊員達の遺品や遺書、写真などを展示した『雄翔館』があります。 ここは写真撮影などは禁じられていますので写真はありませんが、中には厳かな雰囲気に包まれており、隊員達が様々な想いを込めて書き残した大量の手紙などを見ることができます。 入り口には予科錬卒業生と、そして未帰還だった彼らの数字が書かれておりますが、その統計的な数字も物悲しいものです。 その他防空戦で撃墜された機のプロペラなどの展示物もあり、なんと言ってよいか、とても複雑な想いを持ちます。 言葉では説明しきれませんが、平和がどうとか言う前に一度は見ておくべき資料館です。 言葉では言い表せない説得力を感じる事ができるでしょう。 

  BUKI_ETC06S.JPG - 9,684BYTES  『雄翔館』

  BUKI_ETC07S.JPG - 12,131BYTES 入り口左側の日米英親善プレート”FOREVER FRIENDS”

 全体をかなりの時間をかけて見て回ったあと、御国の為、残した家族の為に理不尽な行為によって敵艦隊へ突入、散華していった彼らに深い黙祷を捧げ、ここを後にしました。

BUKI_ETC08S.JPG - 9,149BYTES 資料館新館

 隣には新設の資料館があるのですが、残念ながら現在展示物の移転/整理中とかで見学することができませんでした。 中には多くの武器などが展示されているのですが、ここも目的のひとつであったのでなんとも残念です。 なお、元の旧館はまるで昔の尋常小学校のような古びた、何か懐かしい雰囲気を持って、今は倉庫となって静かにたたずんでいました。

ここの周りが資料旧館 ←ここの周囲の建物が旧館。 コの字型の古い建物です。

 

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